富山再審の現状と異議審勝利の課題
葉山岳夫弁護士
前号につづき葉山岳夫弁護士(富山再審弁護団)の講演を掲載します。
■ねばり強いたたかいで開示させた員面調書
一審で員面調書の開示がなされたわけでありますが、弁護団は、1年以上に渡って員面調書を開示せよと、開示しなければ反対尋問が十分できないと要求し続けました。目撃証人に対する尋問については、まず主尋問を全部やらせたうえで、反対尋問を逐次やるという形でやりました。Oという証人について、約10回の反対尋問を行いました。この目撃証人は、証言がくるくる変わって一体なにを目撃したのかわからないという状況で、裁判所も音を上げて、ついに横田裁判長が検察官に対して、正確な証言を求めるためには事件直後の員面調書を開示することが肝要であるということで、員面調書を開示するよう勧告を出した。この勧告に基づいて、しぶしぶ検察官が員面調書を出してきたわけであります。その員面調書の中身につきましては、当時の目撃証人が見た指揮者とされる犯人の位置は、一審の公判に出廷した6人の目撃証人のうち、3人の証人については車道上で殴っている人が富山氏であったと言っているわけです。もう1人は車道上で指揮をしているのが富山氏であるという証言になっています。あと2人は歩道上で指揮をしている、こういう形の供述になっています。つまり、同じ人間が、一方では車道上で殴っている、一方では車道上で指揮をしている、同時に歩道上で指揮をしている。つまり物理学的に絶対に矛盾することが員面調書で記載されているわけです。これはどう見ても、絶対的矛盾に他ならない。これをこのまま放置するとえらいことになると思ったんでしょう。同じ人間が同時に3ヶ所で動いているということになるわけですから。このようなあり得ないことをどう整合させるかというのが捜査官の間で大変な問題になっていたに違いないわけです。
同じ人間が片方は歩道上で指揮している、同時に車道上で指揮をしている、さらには車道上で殴っている、これをなんとかしなければならないということで、富山氏逮捕後に、検察庁公安部の遠藤、清沢、この検事がやったことは何かというと、富山氏の写真を特定したということはそのままにしておいて、目撃者が犯人を目撃した場所をそれぞれ変えていくわけです。同じ人間が同時に別の場所にいるという矛盾したことは起こらないようにするという形で調書を変更した。目撃者を誘導して、証言を強引に検面調書では変えたわけです。
例えば、「車道上で殴っていた」と言っていたKという証人については、関西ペイント近くで犯人たちが集結していた段階で見た、そのうちの1人が富山氏であるというようなことを言わせる。もう1人の目撃者は、犯人たちが路地に逃げ込む時に見た、そのうちの1人が富山氏であったと変わる、それからもう1人は、犯人たちが現場からカーブを曲がって逃げていく時に、運転していたタクシーの横の窓から見たと変わる。車道上で指揮していたと言っていたのは、歩道上で指揮していたと変わる。結局、車道上で殴打をしていたという人はついに誰もいなくなってしまう。車道上にいたのでは具合が悪いので、そこからは誰一人いなくなってしまって、集結地点へ、歩道上の指揮へ、逃げていくときに見たへ、こういう形でうまい具合に矛盾は全くなくなるという形に作りあげた。これが遠藤、清沢検事です。
これを元にして公判請求を行ったわけです。従って、員面調書の開示については、検察官は猛烈に抵抗しました。一切見せない。検面調書でさえも最初は見せなかったんです。開示しても閲覧はさせるが謄写、コピーはさせないということ言いました。我々弁護団は、検察庁に出向いていって全て筆記したんです。
そういう形でようやく検面調書だけは手に入ったのですが、員面調書はさっき言ったように猛烈に抵抗したわけです。それもそのはずでありまして、員面調書と検面調書では目撃した地点がまるで違う。それを整合させる形で検面調書は作られているのです。しかも一審で、目撃証人はいずれも長時間にわたる検察官の事前の打合せ、テストを受けた上で公判に臨み、検面調書に記載された内容をそのまましゃべるということでありました。
現場を見ても、ほとんど覚えていないのが普通、これは後に言いますがH鑑定によって科学的に裏付けられています。ところが面割り写真で突きつけられて、こうだろうという格好で写真の映像が脳裏に刻まれる、さらに面通しで写真の本人を見せる、それと法廷にいる本人が同じであることはあたりまえであって、結局のところ、元の記憶はかき消されて二重、三重に刷り込まれた記憶が固定してしまう。それを法廷で証言するということになる。しかもそのことについて、恐ろしいことではありますが、目撃者本人としては事実を歪曲して供述しているという意識は全くないわけです。こうした大変な矛盾を含む証言が法廷で展開されたわけであります。
■一審無罪、二審逆転有罪、上告棄却
そういう中で一審の判決が1981年3月5日に出され、無罪判決がなされたわけであります。この無罪判決につきましては詳しくは省略しますが、いずれも目撃証人の証言について変遷きわまりないということで、証言の信用性について員面調書も含めて検討した上で信用ができないとしました。Oという人の証言が特に甚だしい変遷をしたわけですが、一番近くで見たと言われている証人について信用性が全くないとした。それからIという証人についても証言の変遷があるというところで信用性を否定する。その他の証人についても同様であります。そのような形で無罪判決がなされたというわけであります。
ところが、控訴審においてほとんど同じ証拠、違っているのは新たにSという目撃者が出てきたということだけなんですが、同じ証拠で有罪判決を出した。萩原太郎裁判長、それから小林充、これはのちに仙台高裁の長官になっているのが右陪席であった。組対法反対の集会に参加したということで寺西裁判官が懲戒処分を受けるんですが、その時にこれを強行したのが仙台高裁の長官になった小林充でした。これが右陪席であった。もう1人は検察官出身の奥田という裁判官でした。この萩原裁判長、小林裁判官、奥田裁判官によってひっくりかえされて有罪になってしまう。
この不当きわまる有罪判決に対して、最高裁に上告したわけでありますが、最高裁は、弁護団の主張は単なる事実誤認の主張だというわけです。冗談ではないわけで、証拠の法則に違反する、経験則にも違反する等も含めて縷々上告理由のなかに書いたわけでありますが、これを十把一絡げにしたうえで単なる事実誤認の主張にすぎないとを強弁して上告を棄却するという決定を出したわけです。
そこで、富山氏は10年の刑が確定し、未決勾留が700日だったかな、算入されはしましたが、大阪刑務所に行かざるを得ないという状況になってしまったわけです。
■許しがたい再審請求棄却決定
その後、再審の準備を積み重ねて、1994年6月20日に再審の請求を出しました。その後、当初は早川という裁判長、すぐに秋山という裁判長になり、秋山裁判長から島田裁判長になり、島田裁判長から仁田という裁判長になり、仁田裁判長が替わったかとおもうと最後の中川武隆裁判長に替わるという状況でクルクルと裁判長が替わって、その間にほとんど実質的な審理がないという状況でした。最後の中川裁判長は、折衝に参加した弁護団の感想は、「まるで反応がない」「何をいっても全然聞かない。初めから聞こうとしていない」という態度でありまして、やはり、2004年3月30日に再審請求棄却という決定を下しました。
この決定に対して、異議の申立を行って、現在、高裁第四刑事部の仙波厚裁判長のもとで審理をしているという状況です。
この再審棄却決定について、何がけしからんかと言いますと、再審の請求の際、有力な証拠として、717頁にわたる浜田寿美男先生による目撃証人の供述分析を提出したわけです。富山事件の目撃供述について、心理学的知見からの供述分析を行って、余すところなく目撃証言が警察官あるいは検察官の誘導に基づくものであるということを徹底的に明確にしたわけです。強度の誘導によって捜査官側の仮説がそのまま目撃供述として集約されたのだということについて、これを明確にしたわけです。この浜田鑑定について、高裁第三刑事部は証拠の明白性、新規性がないということでこれを排除したわけです。
H先生は、認知心理学の立場から膨大な時間をかけて実験を行い鑑定書を提出しました。その実験はある大学の構内で、燐光群という劇団に頼みまして当時の状況を再現しました。それを3つの方向から1カメ、2カメ、3カメという形でカメラにとって、当時のかなり生々しい状況について再現したビデオを作りました。そのビデオを全く何も知らない人に見せて、指揮者について特定ができたかどうかということをやったわけですが、正答率は全体の10%。本件で警察が言うように26人の目撃証人のうち11名が富山氏の写真を特定したというのは、とんでもない不自然なことだということが判明したわけです。その鑑定書についても、再審請求棄却決定は、これは新規性、明白性がないというのでこれを排除するということでありました。
さらに、「一番良質だ」と確定判決でされているI証人についての鑑定についても棄却決定は排除しました。この鑑定は、目撃距離16・45メートルで、視力は片方0.1〜0.2、片方は0.3〜0.4。最大でも0.4の視力の人が16・45メートルで見た場合について、その顔、形について特定できるのかという実験を行いました。そして、それはできないという科学的な根拠、実験に基づいた鑑定結果を提出したわけであります。それに対しても高裁三刑はこれを排除すると。新規性、明白性がないので排除するという決定でした。そして、確定判決のとった判断は信用できると、目撃証言は信用できるという形で強引に再審請求を蹴ったということなんです。不当きわまりないことです。
さらにOというタクシーの運転手の後ろに乗客として座っていたK、それからKの姉さんの証言を再審請求の中で出しています。この2人の乗客については、一審のO証人に対する反対尋問の過程で、明らかにせよということを検察官に強くせまったのでありますが、検察官はしらをきって、「知らない」と、「私どもも知りたいくらいだ」と言っていたのであります。ところが、反対尋問の前に、私ともう1人の弁護人がOというタクシーの運転手に話を聞いたところ、ポロリと乗客の1人は産経新聞の記者であると警察に言われたということを言った。それで、O証人がそう言っているんだから検察は知っているはずだから明らかにしろと言ったんですが、検察官は言わない。検事は、記録は見たけど同乗者の行方は現段階ではわからないし捜査報告書もないと言ったわけです。ところがO証人の員面調書が出てきたらびっくりで、員面調書の中には明確に「産経新聞のチケット番号5510、Kさん他1名を乗せ」というふうに記されているわけです。これを検事は隠しとおしたわけです。嘘をついて、そういうものはない、あったならばこちらが知りたいくらいだとうそをついて、重要なKという目撃者について証拠を隠したんです。このKという目撃者については弁護団が捜し出して会い聞き取りをしています。その聞き取ったものを再審請求でも裁判所に出した。そのことについても棄却決定は新規性、明白性がないと排除しました。これはとんでもないことです
アリバイはどうなのか。アリバイについて確かに荏原文化センターに行ったことについては認める、しかしながら、前進社第二ビルから出たうえで、山の手線に乗って、タクシーに乗って、荏原文化センターに行ったというその間については富山氏と同じ仲間以外の証言がないから信用できない、どういう形で行ったかわからないが犯行を起こした後で荏原文化センターに行ったものと推測できるという、刑事裁判にあるまじき推測で、事件をやってから荏原文化センターに行ったんだと、その証拠はないけれど推測できるという形で確定判決はつなげてしまったわけです。そのことについて、再審請求棄却決定もまた支持しているという状況です。アリバイについては、請求人の側がすべて合理的に証明すべきだという、とんでもない間違った観点に立っているわけです。
■証拠開示の重要性
こういうことを異議申立書のなかで縷々説明して、その上で証拠の開示の必要性についても第四刑事部に行って折衝しているわけであります。証拠開示のポイントは、例えば先に言ったOという運転手の後ろの席にいて目撃したというKさんは、富山氏の写真を見て「この人は違う」と、細面で狐みたいな顔をしていた人であった、180センチなんて背の高い人ではなかったと明言しているわけです。弁護団が聞き取りして提出したKさんの証言を新規性、明白性がないというのであれば、Kさんについての捜査報告書やKさんと一緒に乗っていたKさんのお姉さんの調書があるということを検察官は言ってるわけですから、それを出すべきだと要求しています。証拠開示もせず、弁護人が出した証拠については、これを蹴るというのではあまりにも不公平であると思うわけです。
それからIという確定判決が「最も良質な証人」と言っている目撃証人については、同じ状況を見ていたYという目撃者がいるわけです。その調書もあるというふうに検事は言っているわけです。しかし、これを開示しないという状況なわけなんです。絶対的にこれは開示する必要があると思います。
しかも逮捕の時には必ず正面からと横から写真を撮るのですが、本件の富山氏の逮捕写真もあると検察官は言いながら出さない。本件では、以前に逮捕された時の写真で面割り等をやっているもんだから、本件の逮捕写真が出てくると具合が悪くなっちゃうんですね。ですから、普通の事件では、当然出てくる逮捕写真でさえも検事は出そうとしないんです。
こういう不公正が通るようではとんでもない話なのであって、これは一種の検察官による犯罪行為でなかろうかと思うくらいです。証拠開示を強く迫るということをやっていきたい。弁護人としては一生懸命やっているのですが、運動的にも大いにやって頂きたい。運動というのは大衆的な行動、刑事訴訟法学者、刑法学者等も含めて、とんでもないことが行われているということ強く告発する、そういう運動を広げないと証拠開示は勝ち取れないと思います。証拠開示を勝ち取って、再審開始決定を勝ち取りたいと思っております。弁護団も一生懸命やりますが、みなさんのいっそうのご協力をお願いし、私からの報告を終わらせていただきたいと思います。
(おわり)
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