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ニュースNo142(2000年7月1日発行)

 

●ニュースNo142(2000年7月1日発行)◎富山さんと「かちとる会」が東京高裁に申し入れ 6月30日□大井町ビラまき報告

ただちに再審開始を!

 富山さんと「かちとる会」が東京高裁に申し入れ 6月30日

東京高等裁判所写真 おだてられて木に登るタイプではない。人の誤った考え方は正さずにいられない。ひるむことはしない。愛想笑いなどもってのほか。断固として自分の正しさを主張しつづける。
今回の「かちとる会」の裁判所への申し入れ行動は、こんな富山さんの性格がすべて生かされたものだった。
申し入れ行動は今回で5回目となるが、今回は今までとかってが違った。それは担当部での申し入れ行動ができなくなっていたことである。山村さんが担当書 記官へ事前に電話を入れた際、書記官より「裁判所の規則が変わって、部での対応はできなくなりました」と言われたそうである。それでは、私たちはどこへ行 けばよいのか? 申し入れなどは訟廷管理官が対応するとのことである。訟廷管理官? それは、こんなことをする係だったの?(畑違いのような気がする が……)
時間は11時から30分間と指定された。

※      ※

 6月30日、私たちは裁判所のロビーに集まった。

時間になると裁判所の職員に申し入れ場所に案内された。「何で外に出るの?」と思っていたら、正面玄関に向かって右側の奥にその 部屋はあった。大きめの机が横に二列に配してあり、私たち七名はそこに一列に座った。後ろにも、椅子のみが何脚もあったが、私たちには必要なかった。机 は、担当者に飛びかからせないためなのか、右から左まで部屋いっぱいに横一列に配列してあり、その机を飛び越えてでも行かないかぎり担当者の方へは行けな いように配置してあった。
さらに後ろを振り向くと、入り口のガラス扉の前には警備員が2~3人監視していた。なんだか物々しい雰囲気なのである。
11時ちょうど、私たちが部屋の中をジロジロながめまわし椅子に座ろうとしていると、訟廷管理官の粕谷氏が中に入ってきた。申し入れ開始である。
さて、今回の申し入れ行動は、再審請求人本人である富山さんの主導で進んだ。
まず、担当部での申し入れが出来なくなったことに対して、富山さんは怒りをあらわにした。このことは私たちも同様怒りを覚えずにはいられなかった。なぜ なら、過去の申し入れ行動では、特別に問題が生じたこともなく穏便に進められてきたこと、さらには、今までは担当部の書記官が対応してきていたが、それで も裁判官に直接訴えを聞いてもらいたい、富山さんの真実の訴えを直接伝えたいという思いは募るばかりで、書記官から裁判官への伝達ではとても歯がゆい思い をしてきていたことを考えると、到底納得できることではなかったからだ。
訟廷管理官の粕谷氏の説明によると、「憲法に保障されている請願権(第16条=注)に基づいて、申し入れをしていると思うんですけれども、裁判所として は、申し入れなどの正式な訴訟活動とは別のものについては、担当部では対応しないということで、昨年の七月から裁判所の規則が変わったものですから……」 という説明をした。
確かに憲法第16条には「何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令または規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し……」と書いてある。
新たに裁判所の規則をつくったから、この憲法第16条の下で平穏に請願してくださいということらしいが、裁判所の真意は「部でゴチャゴチャやられたのでは面倒」だから部での申し入れを禁止し、その法的根拠を示すためにあえて規則をつくったとしか思えない。
これは人権問題なのである。無実の人間が、自分はやっていないから公正な裁判をしてくださいと訴えてきているのに対して、裁判所の態度はどうだろうか。 担当部にも通さない、書記官にさえ訴えることができない、しかも再審について刑事訴訟法に明確な規定がないのを盾に、延ばすだけ延ばし店晒しにしている今 の現状を恥とは思わないのだろうか。
「自分は裁く立場の人間だから、裁かれる立場になることはない」と考えているものの発想としか考えられない。

粕谷氏は、しきりに「みなさん公平にすべてそうしてますので……」と、何度も「公平」を強調する。
「じゃ、今までは公平じゃなかったということですか?」とすかさず富山さんは反論した。
「いや、そういうわけではないんですけれども……」と、粕谷氏は返答に窮していた。

次に、富山さんは「申入書を読みあげるのは駄目とのことなので、説明したい」と言うと「いや、ここでは読みあげてけっこうです」 との答え。事前に書記官に連絡した時は、読みあげるのはだめ、補足説明ならOKと聞いており、読みあげるのより補足で説明する方が時間がかかるんじゃない の、なに考えてるんだか、などと話していたので、ちょっと不意をつかれた感じだった。
富山さんがところどころ補足しながら、ゆっくり、そして堂々と申入書を読みあげた。粕谷氏はその間、じっと申入書を見ていた(申入書は7ページに掲載)。
「かちとる会」のみんなは、富山さんが読みあげるのを、時には大きくうなずきながら、じっと聞いていた。私は、富山さんのこの凛とした強さは、「自分は無実である」という裏付けがなければ出ないだろうなぁなどと感心していた。
「かちとる会」からは、坂本さんが「六年間もほっとくというのは、これはひどいよね。裁判所の職務怠慢としか思えないよ」と端を発したのをきっかけに、 それぞれが思いの丈をぶつけた。「富山さんは無実である」、「検察官が隠し持っている証拠を開示させてください」「早く再審を開始してください」等々。

私は、この一連のやりとりを聞いていて、この内容は裁判官へ伝わるのだろうか?という疑問を感じた。そこで、「今回の申し入れ内 容は、裁判官へは伝わるのですか?」と質問した。すると、「口頭で、担当書記官の方へ伝えます」ということだった。口頭? 粕谷氏から部の書記官へ、そし て部の書記官から裁判官へ伝わったとしても、このように二段階も経るとなるとYESのものもNOに、10のものは1にしか伝わらないのではないか。それに ほとんどメモも取ってないのだから、ますます不安になった。
申し入れが20分を経過したところで、粕谷氏は顔を上げ、部屋の時計を確認していた。残り時間10分。

最後に富山さんが、「自分は無実である」「検察官が隠している目撃者の調書について開示命令をなんとしても出してほしい」「すみやかに審理を開始してほしい。そうすればおのずから無実ははっきりします」
「このことはぜひ裁判官に伝えてほしい」とまとめ、申し入れ行動は終わった。

毎年6月に申し入れ行動をしているのだが、この六月の気候とあいまって、なんともすっきりしない思いをしてしまう。人間に話しているのではなくて、壁に向かって話しているような、そんな感じである。
次回(できれば再審が開始されていて次回がなければ理想だが)の申し入れの時は、また、新たな規則をつくって「規則で決まったことですから」などと言わない裁判所の対応を期待したい(のだが……)。 (うり美)

【注】憲法第16条[請願権]

何人も、損害の救済、公務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏に請願する権利を有し、何人も、かかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けない。

申し入れをおこなって (1)

申し入れのようすは、うり美さんが詳しく報告したので、以下は補足です。
この日、申入れに参加したのは、富山さんを先頭に、「かちとる会」から大井町のTさんとHさん、坂本さん、うり美さん、亀さん、山村の7人。
去年までは第三刑事部の書記官室で、主任書記官に申し入れをおこなっていたのが、今回からは、「裁判所の規則が変わったから」と、部は一切対応せず、訟 廷管理官が応対するというやり方になり、それも裁判所の一階の端にある部屋に閉じ込めるようにしておこなうやり方に怒りを禁じ得ませんでした。

富山さんの発言はうり美さんの報告にゆずります。そのひと言ひと言は無実の人間にしか言えないもので心を打つものでした。また、裁判所の対応が変わったことについて、訟廷管理官に対し、鋭く、ポイントを押さえた追及をおこなっていました。
富山さんの発言の後に、山村から、この1年間に集めた再審開始を求める署名428名分(うち大井町駅頭での署名145名分)、証拠開示を求める署名 189名分を提出し「これらの署名は事件があった大井町で集めたものを中心にしています。富山さんを先頭に毎月大井町の駅頭に立って集めてきました。今日 もこの場に大井町で署名してくださった住民の方が二人来ています。署名してくれた方々の真実を求める声に裁判官は耳を傾けてほしいと思います」と述べまし た。

今回の裁判所の対応に、「かちとる会」の人々もそれぞれ裁判所を追及しました。

坂本さんは、「6年も放っておくなんて裁判所は怠慢だとしか思えない。何をやっているのかということになる」と語調も激しく訟廷管理官に詰めよりました。

Tさんは、「6年も放置しておくなんて、一体、裁判官は何を審理してきたのか、その経過をはっきりさせてほしい。無実なのははっきりしているのだから早く審理を開始してほしい」と厳しい表情で追及していました。
Hさんは、「私が言いたいことは2点。隠している証拠があるのだから、公正な裁判のためにそれらを開示してほしいということと、1日も早く審理を開始してほしいということです」と簡潔に、力強く訴えました。
山村からも「富山さんの無実の叫びを裁判官に聞いてほしい。無実であること、やってもいない事件で10年も服役しなければならなかった悔しさ、怒りを、 富山さん本人から裁判官は直接聞くべきだと思います。これまで第三刑事部の書記官室で何の問題もなく申し入れをおこなってきた私たちにとって、今回のやり 方は大変心外です。これまでも、請求人本人が来ていながら直接裁判官に話すことはできませんでした。それが今回は部の書記官さえ出て来ない、部にも行けな い、というのではさらに裁判官から遠ざかったとしか思えません。ぜひ、裁判官に富山さんの声を聞いてほしいと伝えてください」と訴えました。
うり美さんは「今日、ここで私たちが述べたことはきちんと裁判官に伝わるのでしょうか」と鋭く突っ込んでいました。
亀さんも「検察官に対して証拠を開示するよう命令を出してほしい。なんでもかんでも開示しろと言っているのではない。二審で捜査官が34人の目撃者の供 述調書があると認めており、存在することが明らかな調書の開示を求めているのだ。ぜひ、証拠開示命令を出すよう裁判官に伝えてほしい」と訴えました。
これらの真摯な訴えに対して、訟廷管理官の態度は、“一応聞いておきます”というもので、「のれんに腕押し」のつかみどころのないものでした。
1994年6月20日の再審請求からすでに六年が経過。かけがえのない時間が流れていきます。いまだに再審を開始しようとせず放置にも等しい状態におい ておきながら、請求人本人にも会おうとしない裁判官。それどころか、これからは書記官も会わないという裁判所の対応に怒りを新たにするとともに、こうした 反動を乗り越えて、必ずや再審開始・再審無罪をかちとることを誓いました。 (山村)

■紹介

今回の申し入れに初めて参加してくださったHさんは、昨年11月に大井町で署名し、今年2月の「きゅりあん」での集会に参加してくださった方です。その後、定例会にも参加して有意義な意見を述べてくださっています。
自らもえん罪を受け、約2年間服役したという経験をされており、再審請求も行ったそうですが、警察に証拠を抹殺され棄却されたと悔しそうにおっしゃっていました。
そして、「自分も無実なのに刑務所に入れられたから富山さんの悔しさはよくわかる。とても平静ではいられない身悶えするような悔しさだった。服役させら れることが納得できず、看守に抵抗し、皮手錠の懲罰も何度か受けた。しかし、やっていないものはやっていないんだ。その気持ちは誰にもつぶせない。富山さ んもこうなったらどんなことがあっても再審無罪をかちとるまでがんばるべきだ」と熱っぽく語ってくださいました。

申し入れをおこなって (2)

今回の申し入れには、これまでにも増して憤懣やるかたない思いでのぞんだ。というのは、書記官室はおろか第三刑事部があるフロ アーへの立ち入りすら拒否された状態で行わざるをえなくなったからである。といっても、御存知無い方にはいったい何を憤慨しているのかさっぱりおわかりい ただけないだろう。そこで、はじめから順を追って事情を説明することから始めたい。
「東京高裁第三刑事部への申し入れ」と書けば、普通というか素直に想像すると、申し入れ人達が裁判官室なり書記官室に赴くと裁判官や書記官が待っていてその申し入れに耳を傾けるといった光景が思い浮かぶだろうが、実際の姿はまるで違うのが現実である。
これまでの「かちとる会」の申し入れには、裁判官が同席したことは一度もなく、事前に連絡をうけて在室する主任書記官が申し入れを聞いて「裁判官に伝え る」と回答するのが実状だった。それでもこれは「異例の待遇」で、書記官室どころか刑事部のあるフロアーにすら入れてもらえないで一階の専用の部屋であし らわれるのが常態になっているらしい。

そして、ついにというか、わが「かちとる会」の申し入れも書記官ではなく専任の訟廷管理官が扱うと返答してきた。
そもそも真摯な申し入れを裁判官が自分で聞いてみようとすらしないこと自体、裁判官として、人間としてどうなのかと首を傾げざるを得ないが、それを書記 官にすら会わせないで事実上の門前払いを喰わせるとは言語道断ではないだろうか。という次第で、当日は、「切レナイヨウニ」と自分に言い聞かせつづけてい た。
さて、私たちの前に現れた訟廷管理官の粕谷氏、やはり官僚というか小役人的対応に終始。多分マニュアルどおりなのだろうが、言うに事欠いて「当事者に裁 判官や書記官が直接会うと裁判の公正らしさが疑われる」とは、日本の刑事裁判は当事者主義を採っているのではなかったのかと言いたくなる。何の権限もない 粕谷氏にひたすらマニュアルどおりの対応を強いる裁判所当局の姿勢こそ不見識の極致というもの。わざわざ請求人本人が出向いてきているのに、会って訴えを 聞いてみもしないで再審審理をしようとは、なんたる了見違い。現裁判長の経歴を目にした際に感じた危惧、つまりほとんど裁判の現場に携わることなく司法行 政畑を歩んできた仁田裁判長の意思が反映しているのではないのか。単に裁判所の一律的対応への転換と軽視できない。申入書の内容、とりわけ証拠開示命令の 実現にむけて、いっそう強力に取り組まねばいけない。
訴訟書類に綴られた文字の背後にどれほどの怒り、悔しさ、涙と汗があるかを想像できない人間に、他人の人生を決定するような職務にたずさわる資格など与 えられるべきではない。ところが、日本の法曹界とりわけ裁判所とは、与えられるべきでない人間に、与えられるべきでない権限が、あまりにも与えられている という思いを、またしても新たにした申し入れ行動だった。 (富山保信)

 

申入書

昨年の申し入れから一年がたちました。そして、再審請求(1994年6月20日)からすでに六年がたっています。これは裁判所による「公平な裁判所の迅速な」裁判をうける権利の事実上の否定であり、怒りに耐えません。

私は無実です。1975年1月13日の不当逮捕以来25年、一貫して、さらに繰り返し、繰り返し訴えているとおり、事件には何一つ関 わっていません。まったくの濡れ衣です。「殺人犯」の汚名を着せられて投獄されたうえに、雪冤をもとめる再審請求も六年間にわたって放置されたままという 状態が、どれほどの苦痛を強いるかを想像してください。
無実でありながら有罪を宣告された人間にとって、罪名や刑期の長短さらに身柄がどうなっているのかが問題なのではありません。有罪を宣告されたこと自体 が、無実の訴えが拒否されたことをもって無実を訴える私の人格が否定されたことが、耐え難いのです。裁判官諸氏も我が身におきかえて考えてみてください。
耐え難いのは、それだけではありません。本件は、実質的には、目撃証言の信用性のみを争うという意味では日本における最初の例でした。第一審の無罪判決 こそ刑事裁判の原則に則った正しい判決であり、日本の刑事裁判の誇りとすべきものです。ところが、確定判決は誤判であるために、「写真面割りの正確性を担 保するための基準」なる基準ならざる基準がその後の同様の裁判を規制して、もはや欧米では常識ですらある目撃証言の評価の水準に達するのを阻害しつづけて います。その結果、少なからざる人々が、目撃証言についての裁判所の誤った認識のもとに無実の罪に苦しんでいると聞きます。この誤った判決に、被告・「犯 人」として名を連ね続けなければならない悔しさ、苦痛からは、再審裁判において無罪が宣告されること、誤判が是正されることによってのみ解放されます。そ のときはじめて、私が遭遇した暴虐とのたたかいも今後の人権擁護・人権確立への教訓として意味あるものにでき、刑事裁判の前進に貢献できたと考えることが できるでしょう。けれども、事態は、不当逮捕―起訴―逆転有罪―上告棄却―下獄―再審請求の放置という状態のままで、私の人格と人間としての尊厳は踏みに じられたままであり、憤りは増幅するばかりです。
裁判官諸氏に心から訴えます。私は無実です。あなた方が人間の良心と裁判官の職責に忠実に考察されるならば、私の無実は容易に判明すると思います。ぜひ とも検察官が隠し持っている証拠を開示させてください。原審法廷で捜査責任者が明言したように、目撃調書だけでも三四人分あり、七人分しか開示されていま せん。隠されているのは、私の無実を証明する目撃調書にほかなりません。目撃調書のほかにも、私の無実を明らかにする証拠があるはずです。もし検察官がそ うではない、あくまでも私が犯人だと言いはるのならば、隠し持っている証拠を開示して検察側の主張の正しさを世に問えばいいのではないでしょうか。それを しない、できないところに私の無実=真実が自ずから明らかなのです。検察官に証拠開示を命令してください。
確定判決は誤判であり、ただされるべきです。誤りを率直に認めてあらためる裁判所のあり方こそが日本の刑事裁判を信頼できるものにし、ひいては「法の安定性」をその名に相応しいものにしていくと確信します。一刻も早い再審開始・無罪を願ってやみません。

2000年6月30日

富山 保信

 6月の大井町での署名集めは、

 

富山さん
2名
亀さん
2名
うり美+山村
1名
+カンパ千円


で、久々に富山さんが「ゼロ」から脱却。満面の笑顔でVサインを送っていました。

  第八歩目。「お師匠様、天竺は遠いですね。まだ長安を出たところです。」

というお便りとともに1000円のカンパを頂きました。ありがとうございました。
うーん、まだ長安を出たばかり……ですか。確かにまだその辺りなのでしょう。頑張らなくては。
ところで、誰が三蔵法師で、誰が孫悟空で、誰が猪八戒で、誰が沙悟浄になるのでしょう? まあ、言わないのが無難でしょうね。 (山村)