■弁護団が新たな証拠を提出、事実の取調べを求める
7月31日、富山再審弁護団は、富山さんの再審が係属している東京高裁第三刑事部に対し、「事実の取調請求書」を、鑑定書、ビデオ映像等の新証拠とともに提出、これらの証拠を取り調べることを求めました。
今回、提出したビデオや鑑定書は、一審の法廷に立ったI証人の目撃状況(視力が右0・3~0・4、左0・1~0・2で、16・ 45メートル離れた未知の人物を目撃)では相手がどういう人物か認識することは不可能であることを明らかにし、「指揮者」とされる犯人が富山さんと同一人 物であるとするI証言の信用性を否定するものです。
弁護団の「事実の取調請求書」は、「確定判決が『本件目撃証人中最も良質の証人である』としているI証人の目撃証言は、科学的実 験の結果と相反し、信用することができず、I証人を事実認定の核心にすえた確定判決は決定的誤りをおかしている」と指摘、新証拠を取り調べて直ちに再審を 開始することを求めています。
今回提出したビデオは、事件のあった10月3日に近接した時期に、大井町の事件現場で、I証人の目撃状況に合わせて撮影したものです。
さらに、この映像を使って実験を行い、鑑定書を作成してもらいました。ビデオを被験者に見せ、写真選別が可能かどうかを実験し、I証人が目撃したような状況では、「顔の識別は不可能」であることを鑑定書は明らかにしています。
I証人は法廷で、細かい目鼻だちまで詳細な証言をしていますが、今回提出したビデオ映像を見ると、I証人が目撃し認識した「指揮者」が、目鼻だちなどとてもわからない状態のものだったことがはっきりします。実験の結果もこのことを裏づけています。
■確定判決の誤り・・・視力
I証人は確定判決が言うような「良質の証人」では決してありません。
I証人は一審で証言しましたが、法廷ではI証人の視力が大きな争点になりました。
I証人は、事件のあった1974年10月3日の直後の員面調書(74年10月8日付)で、「右0・6、左0・2」と供述しています。そして、一審の法廷では「片方は0・3、片方は0・7」と証言しました。
弁護団が調査したところ、勤務先の健康診断の視力検査で、1977年4月段階で「右0・3、左0・1」、1979年3月段階で「左右とも0・2」と判定 されたという記録が残っていました(残念ながら、事件のあった年の1974年の健康診断の記録はありませんでした)。I証人は事件当時メガネを使用してい ましたが、事件を目撃した時にはメガネをかけていませんでした。
弁護団は、I証人の視力は、「犯人」を認識できるようなものではなかったのではないかと考えました。事件直後には「右0・6、左0・2」と供述していた のを、法廷では「片方は0・3、片方は0・7」と視力を上げているのも不自然です。I証人が、事件直後には「30~35歳位」と供述していたのが、捜査官 の取り調べを経るに従って、「28~29歳位」、「25~28歳位」と変え、法廷では「27、8歳」と富山さんの年齢(事件当時26歳)に近づけていって いること、身長についても「165~170センチ位」としていたのを、「170センチ位」「大柄」と変えていることをも考え合わせると、I証人の証言は疑 問を抱かせるものでした。
弁護団は、I証人が事件当時使用していたメガネがどの程度の視力の場合に使われるものか調べるよう裁判所に求めました。裁判所が検証した結果、「右眼用 レンズは0・3又は0・4、左眼用レンズは0・1又は0・2程度の各裸眼視力を矯正するのに用いられる」ものであることが明らかになりました。事件当時の I証人の視力は、せいぜい「右0・3または0・4、左0・1または0・2」を越えるものではなかったことは明白です。I証人は事件に遭遇した時、メガネを かけておらず、その証言を考えるうえでこの視力は大きな意味を持っています。
視力についてのI証人の証言は、客観的なデータに基づくものではありません。I証人の証言よりも、健康診断の記録やI証人が事件当時使用していたメガネのレンズの検証に基づいた結果の方が客観的な証拠です。
ところが、確定判決は、こうした客観的な証拠を無視し、何の裏づけもないI証人の法廷証言を採用し、「I証人の視力はおよそ0・3と0・7の近視であった」としているのです。なぜ、法廷証言を採用するのかその根拠は一切示されていません。
■確定判決の誤り・・・目撃距離
さらに、確定判決が「認定」したI証人の目撃距離も大きな問題があります。
I証人は捜査段階(75年1月17日付検面調書)で、犯人までの距離を「15ないし20メートル」と供述しています。この調書に添付された現場見取図や実況見分調書に添付された現場見取図(74年10月7日付)によれば、その間隔は約17メートルになります。
一審無罪判決の後に、再度、警察はI証人を事件現場に立ち会わせて、自分が居た位置と「指揮者」が居た位置を特定させ、それを計測しています。計測した 結果は16・45メートルと実況見分調書に記録されています。検察官は、この実況見分に基づいて控訴趣意書でI証人の目撃距離を16・45メートルであっ たとしています。
ところが、確定判決は、「(I証人と)川崎実業前歩道にいた指揮者とみられる犯人までの距離は約10メートルに接近したこともあったと認められる」として、I証人の目撃状況は良好だったとしています。
I証人は一審の法廷で、検察官の主尋問に答えて「推定ですが、12~3メーターあったんじゃないかと思います」と答え、さらに「近い所で10メーターぐらいのところまで行っているんじゃないかと思います」とも証言しました。
弁護人の反対尋問に対しては、最初見た段階では「12、3メーターじゃないかと思いますけれども」その後は犯人たちから遠のく方向に移動した、と証言しました。
確定判決は、I証人が法廷で検察官の主尋問で答えた「推定ですが、12~3メーターあったんじゃないか」「近い所で10メーターぐらいのところまで行っ ているんじゃないかと思います」という証言をもとに「約10メートルに接近したこともあったと認められる」としているのです。
I証人が法廷で「推定ですが」と感覚で答えた距離よりも、I証人が実際に現場に立ち、自分はここに居て犯人はここにいたと特定しそれを測った距離の方が客観的であることは誰の目にも明らかです。
しかし、なぜか確定判決はI証人の法廷証言を採用します。しかも、弁護人の反対尋問の結果も無視してより短い「10メーター」という距離を取ります。それを採用した理由は述べられていません。
確定判決は極めて恣意的に視力を「認定」し、目撃距離を「認定」しています。確定判決にとって、「有罪判決」を書くためには、I証人の視力は少しでも良 い方が都合がよく、目撃距離は短い方が都合がよかったのです。確定判決は証拠を意図的に取捨選択しています。客観的事実に目を背け、自らの結論を導くのに 都合のいい証言のみを集めて事実を「認定」しているのです。
これに対して、今回のビデオ映像や鑑定書は科学的な実験の裏づけのもとに作成されており、I証人の証言が信用できないことを客観的に明らかにしていま す。ビデオ映像を見ればI証人の目撃のあいまいさを実感することができ、鑑定書を読めばI証人の目撃がいかに信用できないかがわかります。
新証拠は、I証人の証言を信用性を否定するものであり、I証人を「本件目撃証人中最も良質の証人である」としてその証言を事実認定の軸にすえた確定判決 を覆すものです。裁判所はこれをきちんと審理してほしいと思います。そうすれば、おのずと再審は開始すべきという結論に達するはずです。
これまで弁護団は多くの新証拠を提出してきました。裁判所がこれらの事実調べを行い、ただちに再審を開始することを強く求めます。
■証拠開示を
I証人は、会社の元同僚のY氏と一緒に事件を目撃しています。検察官はこの人の供述調書が存在することを認めながら、弁護団が開示を求めるとこれを拒否しました。
今回提出したビデオ映像や鑑定書によってI証人の証言が信用できないことは明らかですが、百歩譲って、I証人の証言が信用できるのかどうか、一緒に目撃したY氏の供述調書を見れば確かめることができるはずです。
検察官がI証人の証言は信用できると言うのであれば、Y氏の供述調書を開示してもなんら問題はないはずです。
この事件の目撃者は約40人の目撃者がいて、そのうちの34人の供述調書があるとされています。裁判の過程で明らかにされたのは7人(証人に採用され供 述調書が開示されたのが6人、供述調書のみ開示されたのが1人)の供述調書のみで、他の供述調書は隠されたままです。弁護団はY氏をはじめとするこれらの 供述調書の開示を求めていますが、検察官は開示を一切拒否しています。
開示されていない証拠が明らかになれば真実が判明するはずです。検察官が持つ証拠は検察官ひとりのものではなく、真実発見のためにこそ役立てられるべきものです。弁護団は裁判所に対して、検察官に証拠開示命令を出すよう求めています。
「かちとる会」は、裁判所が未開示の証拠を開示するよう検察官に命令を出すことを求める署名を集めています。多くの人々の声が裁判所を動かします。証拠開示を求める署名にご協力をお願い致します。 (山村) |