東京高裁第三刑事部による

富山保信さんに対する再審棄却決定を弾劾する

東京高裁第三刑事部の再審請求棄却決定を弾劾する 東京高裁第三刑事部(中川武隆裁判長)は、3月30日付で、無実の富山保信さんの再審請求を棄却する決定を行いました。絶対にゆるせません。

再審開始が正しい決定

何度でも繰り返しますが、富山さんは無実です。正しい決定は《再審開始》でなければなりません。無実は無罪でなければならないのです。

棄却決定は不見識の極み

この間強調してきたように、昨年(2003年)10月8日の「求意見書」が再審請求棄却策動であると見抜いた私たちは、これにたいするたたかいを展開してきました。
そのひとつに学者、弁護士の方たちに富山再審の現状と東京高裁第三刑事部の再審請求棄却策動を訴える行動があります。私たちの訴えに多くの方が耳を傾け られ、高裁第三刑事部に「慎重かつ公正な審理のうえで、後世の批判に耐えうるような決定を出されるよう」要請をしていただきました(「かちとる会ニュー ス」前号と今号6~8ページ参照。要請は3月15日から4次にわたって行われた)。
高裁第三刑事部はそれに応えることもなく、事実調べもしないまま棄却決定を行ったのです。
そもそも「求意見書」自体が意見を聴くのではなく、棄却決定をするために形式を整えるものでしかありませんでした。だから、事実認定に科学的知見を導入 することに背を向け、目撃証言の信用性を論じるにあたっても鑑定・鑑定書の内容を歪曲して論難するだけであり、証拠開示問題にもまったく答えていません。 再審請求書にも意見書にも正面から答えない決定とは、いったい何なのでしょうか。
しかも、事実調べをしないで、富山さんは犯人ではないとする新聞記者・K氏の証言の信用性を否定するなどゆるされるものではありません。
さらに、決定を行った3月30日という日付に卑劣かつ悪辣な魂胆が示されています。明らかに異議申し立てに困難を強いようと図ったのです。
これが「慎重かつ公正な審理」の結論と言えるでしょうか。

4月5日に異議申立書を提出

一瞬も油断しないで身構え続けていた私たちは、不当決定を知るとただちに3月31日、4月1日と再審請求棄却決定弾劾のビラをまくとともに(4~5ページ参照)、 異議申し立てのたたかいに入りました。4月5日の異議申立書提出期限まで弁護団と事務局は徹夜を重ね、文字通り不眠不休で、この作業に取り組みました。 「勝つまでやる」と闘志満々だった弁護団は、「最強の弁護団」の名にふさわしい奮闘をもって素晴らしい異議申立書を書き上げました。この弁護団あるかぎり 必ず勝ちます。また、鑑定人も科学者の良心にかけてこんな不当な決定はゆるせないという意見書を提出しました。

弁護団、鑑定人、「かちとる会」の奮闘に感謝

   富山さんから 弁護団、鑑定人、「かちとる会」、 弁護団事務局のみなさんには心  からの感謝と敬意あるのみです。 ありがとうございました。

再審請求人である富山さん、弁護団、事務局、鑑定人、そして私たち「かちとる会」一同、等しくこの不当決定に怒り心頭に発してい ます。こんな決定を行うために10年という貴重な時間が空費されてきたのです。こんな決定は断じて容認できません。正しい決定である《再審開始》に訂正さ せるために、異議審を全力でたたかいましょう。

全力で異議審闘争をやりぬきましょう

異議審は高裁第四刑事部(仙波厚裁判長、嶋原文雄、秋山敬裁判官)に係属しました。
今度こそ私たちが主張し続け、多くの学者、弁護士の方たちが賛同、要請された「慎重かつ公正な審理」にもとづけば当然いたるであろう結論に到達するよう 期待してやみません。すみやかに棄却決定を訂正し、《再審開始》という正しい決定に改めてもらいましょう。
そのためには、一人でも多くの人たちに富山再審、富山さんの無実、棄却決定の不当性を訴え、知ってもらうことが必要です。そして、この訴えは真実にもと づくものだから必ず人々の心をとらえます。現に、短期間にもかかわらず、多くの学者、弁護士の方が私たちの訴えに耳を傾けてくださったではありませんか。 いまも賛同の通知が届いているほどです。
私たちは、棄却決定にもかかわらず、意気軒昂としています。それは、敵の策動を見抜き、緊張感を持続して、攻勢的に暴挙を迎え撃ったからです。究極の勝利を確信しています。「真実ほど強いものはない」のです。
この訴えを、もっと広く、もっと強力に、もっと粘り強くやりぬいて、裁判所を包囲する世論を形成しましょう。棄却決定という暴挙が、敵の思惑とは逆に、たたかいの炎に油を注ぐ結果をもたらしたことを事実をもってつきつけてやりましょう。
みなさん、今後ともよろしくお願いいたします。

東京高裁前でまいたビラ  東京高裁第三刑事部は3月30日付で私の再審請求を棄却する決定を行いました。これは、事実に反する間違った決定です。断じて承伏できません。

無実を訴え続けて30年

私は無実です。決定は《再審開始》でなければなりません。再審開始こそが事実に即した、正しい決定なのです。
事件は1974年10月3日に発生しました。そして、翌年75年1月13日の不当逮捕以来、無実を訴え続けて、すでに30年になろうとしています。

日本の刑事裁判の水準が問われている

私の裁判は目撃証言の信用性を最大の争点とするものであり、日本の刑事裁判史において当時も今も重要な位置を占めていると言って も過言ではありません。目撃証言の信用性、証拠開示問題、そして事実認定のあり方と、刑事裁判の原則、鉄則ともいうべき領域にかかわる判定が問われていま す。日本の刑事裁判の水準を示す試金石なのです。

一審無罪・二審逆転有罪

一審は幸いなことに真実が認められて無罪になりました。しかし、二審はまったく不当にも真実をねじ曲げて「有罪・懲役10年」を宣告し、最高裁が事実審理を拒否したために、無実の私は10年間も刑務所生活を余儀なくされました。
確定判決(二審判決)は誤判です。近代刑事裁判の原則を踏みにじっています。速やかに改められてこそ裁判は裁判の名に値し、私の名誉と人権は回復されるのです。この30年間、私はそれを求め、訴え続けてきました。
1994年6月20日、獄中から再審請求しましたが、95年12月19日以降も請求は放置されたままで、その間に裁判長は次々と交代して現在の中川武隆 裁判長は5人目です。その中川裁判長が、突如昨年(2003年)10月8日付で「求意見書」を送りつけてきました。私と弁護団が再審請求以来要請し、折衝 を重ねてきた「検察官が隠し持っている私の無実を明らかにする証拠の開示命令を出して欲しい」になにひとつ応えないままにです。なんという不誠実極まりな い対応でしょうか。
この事態に、裏面に紹介するように、心ある学者、弁護士の方々85氏(3月30日時点。現在91氏)が東京高裁第三刑事部に対して「慎重かつ公正な審理」をもって「後世の批判に耐えうるような決定を」という要請を行いました。

「慎重かつ公正な審理」の対極にある中川決定

それにもかかわらず、第三刑事部・中川裁判長は今回の「再審請求棄却決定」を行ったのです。「慎重かつ公正な審理」の対極を行く ものであり、一例を挙げれば、「新規性」を否定できない〈私が犯人だという検察側主張を否定する新聞記者K氏〉に対する事実調べをしないままに決定を下し て、今後のK氏に対する事実調べの途を断ち切ろうとするやり方に、卑劣で姑息な魂胆が見え透いています。いったいどこに《無辜の救済》という再審の使命を 真摯に考察し、人権に配慮し、これを守ろうという姿勢がうかがえるでしょうか。不見識極まりないと言わざるを得ません。

再審開始こそが正しい決定

今回の決定は、明白な誤判である確定判決、それを容認した最高裁決定に次いで恥の上塗りを行うものです。誤った決定であり、ただちに訂正されなければなりません。
私と弁護団は《再審開始》という正しい決定を求めて、異議申し立てを行います。みなさんのご支援、ご協力、注目をよろしくお願いいたします。

【4月1日、東京高裁前で棄却決定弾劾のビラをまく富山さん】(写真上下)

 

要請書

1994年6月20日に再審請求がなされ、現在、貴裁判所において審理されている「平成6年(お)第1号」請求人富山保信にかかる再審請求事件について、慎重かつ公正な審理を行われるよう求めます。
本件は、目撃証言の信用性が最大の争点となっており、その種の事例として、一審判決(無罪)、確定判決(有罪)ともに、さまざまな機会に引用されること の多い事件です。一審=無罪判決、二審=有罪判決と判断のわかれた本件において、確定判決における目撃証言、写真選別結果についての判断には大きな疑問が 残ると言わざるを得ません。
また、本件は証拠開示についても、関心を寄せざるを得ない大きな問題があります。検察官が開示を拒否している目撃者の供述調書、事情聴取書等には、確定 判決の成否を左右しかねない重大な証拠が存在する可能性があり、真実を追求すべき裁判所として、このような証拠を未開示のまま、再審請求について判断する ようなことがあってはならないと考えます。
目撃証言を証拠とする場合についての科学的なルールを定めているイギリスにおいては、目撃証言の問題を考える時には、まず証拠開示が問題になると言われ ています。それは、同定したという証拠がある場合、それに対して同定しなかったという証拠がある可能性が高いからです。
本件再審請求の審理がどのようになされるかは、日本の刑事裁判における目撃証言についての認識のレベルがどのような水準にあるかを世界に示すものとなるとともに、今後の日本の刑事裁判の行方を左右します。
貴裁判所が、慎重かつ公正な審理のうえで、後世の批判に耐えうるような決定を出されるよう望みます。

《要請書賛同人》

相磯まつ江(第二東京弁護士会)
秋山賢三(東京弁護士会)
浅野史生(第二東京弁護士会)
足立昌勝(関東学院大学法学部教授)
阿藤周平(八海事件元被告)
阿部泰雄(仙台弁護士会)
荒木和男(東京弁護士会)
荒木伸怡(立教大学法学部教授)
有賀信勇(東京弁護士会)
五十嵐二葉(東京弁護士会)
石松竹雄(大阪弁護士会)
一瀬敬一郎(第二東京弁護士会)
厳島行雄(日本大学教授・心理学)
指宿 信(立命館大学法学部教授)
内田剛弘(第二東京弁護士会)
及川信夫(東京弁護士会)
大石一二(大阪弁護士会)
大口昭彦(第二東京弁護士会)
太田真美(大阪弁護士会)
小川 修(埼玉弁護士会)
小川秀世(静岡県弁護士会)
角山 正(仙台弁護士会)
萱野一樹(第二東京弁護士会)
川村 理(東京弁護士会)
北野弘久(東京弁護士会、日本大学名誉教授)
北本修二(大阪弁護士会)
木村晋介(東京弁護士会)
小泉征一郎(第二東京弁護士会)
古賀正義(第二東京弁護士会)
小長井良浩(静岡県弁護士会)
斎藤利幸(福島県弁護士会)
佐藤昭夫(第二東京弁護士会、早稲田大学名誉教授)
佐藤典子(千葉県弁護士会)
佐藤雅美(第二東京弁護士会)
嶋田久夫(群馬県弁護士会)
清水寛之(神戸学院大学教授・人間文化学)
荘司 昊(秋田弁護士会)
白取祐司(北海道大学法学部教授)
新谷一幸(広島修道大学法学部助教授)
鈴木達夫(第二東京弁護士会)
高山俊吉(東京弁護士会)
高山 昇(群馬弁護士会)
武内更一(東京弁護士会)
塚本誠一(京都弁護士会)
出牛徹郎(群馬弁護士会)
富﨑正人(大阪弁護士会)
豊崎七絵(龍谷大学法学部助教授)
内藤 隆(東京弁護士会)
中川孝博(龍谷大学法学部助教授)
中川瑞代(第二東京弁護士会)
永嶋靖久(大阪弁護士会)
中田政義(京都弁護士会)
中西義徳(東京弁護士会)
中本源太郎(東京弁護士会)
中山博之(札幌弁護士会)
七尾良治(大阪弁護士会)
西村正治(第二東京弁護士会)
庭山英雄(東京弁護士会、専修大学名誉教授)
萩尾健太(第二東京弁護士会)
馬場 亨(仙台弁護士会)
浜田寿美男(奈良女子大学教授・心理学)
林 和男(第二東京弁護士会)
林 宰俊(第二東京弁護士会)
原 聰(駿河台大学教授・心理学)
秀嶋ゆかり(札幌弁護士会)
福島 至(龍谷大学法学部教授)
藤沢抱一(東京弁護士会)
藤田正人(東京弁護士会)
星 正秀(東京弁護士会)
本田兆司(広島弁護士会)
本田敏幸(横浜弁護士会)
前田知克(第二東京弁護士会)
松澤陽明(仙台弁護士会)
松本健男(大阪弁護士会)
水上 学(東京弁護士会)
水野英樹(第二東京弁護士会)
宮本恵伸(京都弁護士会)
村井敏邦(龍谷大学法学部教授)
森川文人(第二東京弁護士会)
矢澤曻治(第二東京弁護士会)
保持 清(東京弁護士会)
八尋八郎(福岡県弁護士会)
八尋光秀(福岡県弁護士会)
山際永三(映画監督、人権と報道・連絡会)
山崎俊彦(札幌弁護士会)
山崎吉男(福岡県弁護士会)
山脇晢子(東京弁護士会)
依田敬一郎(第一東京弁護士会)
和久田 修(東京弁護士会)
渡部邦昭(広島弁護士会)
渡部保夫(札幌弁護士会)
(敬称略)

3・20国際反戦行動デー

日比谷公園に六万人が結集

米英軍等によるイラク侵略戦争開始から1年の3月20日、国際反戦行動デーの一環として日本においても首都圏は日比谷公園に6万人が 決起してイラク反戦の意思を表明しました。気温2・5度という真冬並みの寒さと雨にも負けず、ひっきりなしに会場に詰めかける人波で野外大音楽堂、小音楽 堂、噴水前は埋め尽くされ、芝公園から合流する労働者も加わって延べ6万人に達する人々が世界の人民と連帯してイラク反戦を誓い合いました。あまりの寒さ に体調を考慮して中途退場・帰宅した人々が少なくありませんでしたが、天候に恵まれれば10万人という所期の目標は達成される勢いでした。イラク反戦と戦 争への流れを変えようと希求する人民はこぞって日比谷公園に結集したのです。事務局も参加して、最後までデモをやりぬきました。

この人々と連帯して戦争への道を阻みましょう。この人々と結合すれば再審への道は大きく開かれます。戦争への道に立ちふさがるたたかいと人権の確立・擁護のたたかいは固くひとつです。再審実現をめざしてがんばりましょう。

大井町ビラまき報告

休載

大井町のYさんから

「明日の為の第四十五歩目、
春が来ました。桜も雨とともに満開です」

というお便りとともに二千円いただきました。ありがとうございます。
本当に春になってしまいましたね。事務局一同、異議申し立ての渦中で東奔西走している間に、桜は咲いて散ってしまいました。
たたかいは異議審に移り、いま一奮闘もとめられていますが、ちょっぴりでも心にゆとり(油断ではなく)だけは持ちたいものです。

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