200号にあたっての決意

再審開始・無罪にむけて、異議審闘争を全力でがんばります。

これからもご支援・ご協力をよろしくお願いいたします。

『無実の富山保信さんの再審無罪をかちとる会ニュース』100号

□「かちとる会ニュース」200号にあたり

「かちとる会ニュース」200号、おめでとうございます。継続は力なり!よく続きましたね。
山村さん、うり美さんの努力のおかげですね。
これからも頑張ってください。  (Oさん)

 以前、組 合で松川事件の被告を呼んで話を聞いたことがある。踏み切り番は、事件当日、被告たちが通ったのを見ていないと言っているのに、裁判官は「何らかの方法で 通ったんだ」と、被告たちが事件に関わったと判決で言ってのけたという話を聞いた。鳥にでもなって飛んで行ったとでも言うのだろうか。権力の犯罪というの はえらく恐ろしいものだ。
僕が富山さんの件を最初に聞いたのは、組合員のNからだった。当時、新人が来ると、郵便の仕事がいかに大変かということを教えるということで、地域でも 一番重たいところをやらせた。一日頑張っても配達し終わらないような所だ。それまで4人の新人が、とても体が持たないと辞めていった。5人目に来たそのN もいつ辞めるかと、みんなで見ていたが、いつになっても辞めない。高速道路の下を大声で発声練習をしながら、いかにも楽しそうにやっていた。おもしろいや つだと思った。彼から富山さんの事件を聞いて、松川事件の被告を呼んで聞いた話を思い出した。同じだと思った。いろいろ話を聞いてみると、やっぱりおかし い。権力は悪いことをするためになんでもやるんだなと思った。
富山さんが犯人だというのはおかしい。おかしいと思ったのに、黙っているのはよくない。おかしいことはちゃんとおかしいと言わなければいけない。それで集会や定例会に参加するようになった。
もうこの年になれば怖いものは何もないもの。みなさんがんばりましょう。 (坂本さん談)

 16年間、よく綿々と続いたものだと、あらためて感激するのと同時に、いまだ決着(再審・無罪獲得)がつかない無念があります。しかし、勝利のゴールに一歩一歩近づく息吹は感じています。
目撃証言といえば、富山事件を知ることが一番必要だと法曹界、心理学の世界に確固たる地歩を築いたことは決定的です。えん罪とたたかっている人々、真理 を追究する人々と、ニュースをとおして怒り、喜び、勝利するまで共にたたかいつづけたいと思っています。 (亀)

 今月号で、ニュース200号と聞いてびっくりだ!!
1988年からというから、長い年月です。ニュースは、かなりおくれているけど出すことに意義があると思いたい。
でも、300号までいって、一言を書くのは、正直しんどい。  (うり美)

 富山さん が「200号」「200号」と騒いでいる。弁護団の実務が忙しくなり、富山さんにニュースの編集を引き継いで久しい。100号は1997年の1月号だっ た。富山さんが1995年の12月に満期で出獄して、ちょうど1年が経った頃だった。あの時は佐藤さんも、木原さんも、木下先生もご健在だった。100号 の時は編集長として特集を組んだが、あれからもう、さらに100号かという感慨が、この間に亡くなられた方々の事ともども脳裏をよぎる。
今年4月5日、名古屋高等裁判所は、名張毒ぶどう酒事件の第7次再審請求について、再審を開始する決定を行った。第5次再審請求の棄却、異議申立棄却、 そして最高裁での特別抗告棄却、さらには、第6次再審請求も退けられた、絶望的とも思えるような状況を乗り越えての開始決定である。奥西勝さんの不屈の闘 い、弁護団の不断の努力の積み重ね、そしてそれを支援し続けた方々の闘いに敬意を表したい。やはり、闘い続けたものの勝利、諦めなかったことの勝利であ る。
許しがたいことに検察官は異議申立を行った。しかし、「真実は必ず勝利する」ことを確信させる今回の再審開始決定だった。再審の逆流とも言われる昨今の状況に、大きな風穴を開けるものとなるに違いない。
富山再審も、異議審において新たな地平を切り開く決意である。断じて負けるわけにはいかない。これまで歩み続けてきた道、これまで積み上げてきたものの力を信じ、再審開始・再審無罪に向け、大きく飛躍したい。真実ほど強いものはないのである。
(山村)

 200号、 毎月発行だから単純計算でも16年と8月になります。実は、ニュースの2号からは全部保管されていますが、創刊号は手元にありません。その2号によれば 「この二ヶ月間、どんなリーフレットをつくるかをめぐって、何度も討論してきました」とあるから、多分1988年9月が発行月のようです。えらく紙質が悪 かったのを記憶しています。
それはさておき、200号という事実の重さの前には頭を垂れるほかありません。感謝あるのみです。ともっともらしく言っているが、すぐ忘れるので、初心に返る意味で100号に書いたことを再録したうえで決意を新たにします。

   【ニュース2号・3号】

 言いたい放題でクレームをつけつづけてきましたが、あらためて一〇〇号への歩みをふりかえると、ニュースにおんぶにだっこだった なというのが正直な感想であり、歴然たる事実でもあります。「無実の富山さんの再審無罪をかちとる会」という名称はすぐきまったものの(なぜこの名称にこ だわったのかの説明は別の機会にします)、ニュースは難産だったらしく、やっと出た第一号の紙の質の悪さには落胆したものです。けれども、苦闘を重ねなが ら着実に成長する様子から執念と熱意は確実に伝わってきて、大いに励まされました。頭があがりません。と、しおらしいことを言いながら、ちっともこりずに 言いたい放題をつづけるのが私の私らしいところですから、これからもイジワル爺さんをつづけるつもりです。
さっそくひと言。二〇〇号特集はもちろんあるわけないと思っています。それまでに 「いかにして再審・無罪をかちとったか」の総括・勝利宣言号=廃刊号 を一刻も早く出さねばなりません。そのためには、原稿が殺到して載せきれないといううれしい悲鳴があがり、私などがしゃしゃり出たらたちまち返り討ちにあ うというかふくろ叩きにあうくらいの「かちとる会」と再審運動にする必要があります。そうなったとき、ニュースの発展的廃刊は現実のものになるし、それは また人間解放という究極目標にむかう次のステップのときでもあります。その日のために、がんばりましょう。

随分立派なことを言っています。残念ながら200号までに再審無罪を実現することはできませんでした。しかし、着実に前進してきたし、これからも前進しつづけ、究極目標にたどりつきたいと思います。
1995年12月19日に出獄してからだけでも、多くの方と出会い、かけがえのない方たちをなくしました。そうした方々の思いをわがものとして、たたかっていきます。これからも、いっそうのご支援・ご協力をお願いいたします。
なお、ニュース作成の実務はおしつけられていますが、編集長は依然として山村です。私に実権はありません。念のため。   (富山)

□名張事件の再審無罪をかちとろう

4月5日、名古屋高裁刑事一部(小出錞一裁判長)は「名張毒ブドウ酒事件」の第七次再審請求をうけいれて再審開始決定を行いました。再審開始決定の骨子 は「奥西元被告以外の者による犯行の可能性が否定できない」「確定判決の証拠とされた栓は、事件に用いられたぶどう酒瓶のものではない疑いがある」「毒物 は元被告が所持していた農薬ではなかった疑いがある」「捜査段階の自白の信用性には重大な疑問がある」「弁護側の新証拠は無罪を言い渡すべき証拠に該当す る」と明快に言い切っています。
原審は富山さんと同様に、一審無罪・二審逆転有罪です。奥西さん、弁護団、支援の不屈のたたかいに敬意を表するとともに、富山再審の異議審勝利・再審開始にむけて粘り強くがんばりましょう。

 

大井町ビラまき報告

 4月の署名集めは、
富山さん・・・・・3名
亀さん・・・・・・2名
うり美さん・・・・2名
山村・・・・・・・1名
だった。始める時、私たちの倍もビラを手にして、「最初から言いわけを準備してる。また、ビラまきに専念したとか言うんでしょ」とうり美さんにからかわれていた富山さんが意外にも奮闘、亀さんを抜いてトップとなった。

「久しぶりー」
「アーッ! 誰かと思ったら、ウッソー。やだー、こんなとこで会うなんて」
という声に振り返ったら、買い物袋を下げた女性とうり美さんが抱き合わんばかりに驚喜している。私はすっかり顔を忘れてしまっていたが(今から十三年半も 前のことだから当然と言えば当然だが)、一九九一年一二月に行った富山再審集会で、初めて見た人物をどれだけ記憶できるかという実験を行った時、被験者と して協力してくれたうり美さんの友達だった。うり美さんもここ数年会っていなかったという。二人はしばし旧交を温めていたが、やがて「せっかくだから、署 名して」ということになり、思いがけなくうり美さん、一名確保である。勢いに乗ったうり美さんは、続けてもう一名。山村も一名。少し離れた所にいる亀さん の前でも署名している人がいる。ただ一人、富山さんのみ0。当初の予想どおり、今回もこの欄は富山さんが書くことになると高を括っていた。
が、後半に入ったところで、六十年配の男性が、富山さんの説明に大きくうなづき署名をした。この人、昼飯時に一杯やったのか、ご機嫌な様子。相当できあ がっているようである。そして、署名した後も富山さんの側を離れない。右へ左へ動き回る富山さんの後をふらふらと覚束ない足どりで付いてまわっている。ビ ラを受け取った人に富山さんがおじぎをすると、隣で一緒になって頭を下げている。富山さんはちょっと迷惑そうに、さりげなく振り切ろうとするのだが、ぴっ たりくっついて離れない。そうこうするうちに、このおじさんのおかげか、二人連れの女性が立ち止まり署名をしてくれたのである。この時もおじさんは富山さ ん以上に深々と頭を下げていた。これで富山さんは一気に三名。
やがて、おじさんは手を振って大井町駅の方に去って行ったが、この富山さんとおじさんの絶妙なコンビを眺めて笑い転げている間に、私が原稿を書く結果になってしまったわけである。 (山村)

大井町のYさんから

休載

jump page top