名張毒ぶどう酒事件

2006年12月26日 名古屋高裁が再審取消決定!

追悼 平野雄三さんの想い出

【「袴田巌さんの再審を求める集い」で発言される平野さん】

平野雄三さん(「袴田巌さんの再審を求める会」代表)さんが突然亡くなった。享年65歳。昨年の12月14日だそうである。1月に なって、君子夫人からの手紙で初めて知った。正確な日付は思い出せないが、木下信男先生ご存命のころからの懸案である再審ネットワークの構想や2007年 の活動プラン、「女房に要求されて毎月山に行くようにしている」「うらやましい」等々の話をしたばかりだったので「青天の霹靂」「寝耳に水」とあらゆる形 容をもってしても追いつかない驚きというほかない。
故人を偲ぶとき、「惜しい人を失った」という形容をよく耳にする。もう少し心のこもった表現をしろよとつい言いたくなってしまう私だが、平野さんの場合は 掛け値なくそのとおりである。私が平野さんを平野さんとして知ったのは、今回のデッチ上げによる投獄―出獄直後の1996年である。山際さん(人権と報 道・連絡会)とよく「(富山は)裁判関係のあらゆる集会に参加していた」という話題になるが、そのとき私がかならず顔を合わせる人物がいた。それが平野さ んである。いつもビラと新聞のコピーの束という一番重い荷物―経験した方ならご存じだろうが、これくらい重いものはない―をかかえて、しかもあの人なつっ こい笑顔で登場するのだから顔なじみになるのに時間はかからなかった。そして、どうやらそれと意識はしていないが絶対にそれ以前に何度か顔を合わせている はずだという共通認識に到達することとなった。それにしても無私ともいうべき面倒見の良さはどうだろう。「かちとる会」の集会をやるたびにお世話になっ た。もともと体育会系の私の「(先輩!)お願いします」ののりに嫌な顔をしないでダブルブッキングでないかぎり応えていただいた。
私は平野さんと会うたびに三里塚芝山連合空港反対同盟の故戸村一作さんがよく口にした「一粒の麦になれ」「地の塩たれ」という呼びかけを思い出さずにはい られなかった。彼のような人が社会の変革や人権の前進を着実に担うのであり、膨大に求められている。たとえ政治的主張や立場は少々異なろうが、それは本当 に少々でしかないのだということを実感させられた。
得難い人であった。そして、これからも得難いであろう。しかし、平野さんのような人をそれこそ無数に生み出さないと人類はこれまでのように、いやこれから はこれまで以上に無念の涙を流さねばならない。時代の子として無数の平野さんが生み出される、そうした情勢を切り開いて勝利すること、これがお世話になっ た平野さんへの恩返しである。それ以外にはない。あらためて肝に銘じて再審実現にむけ邁進したい。(とみやま)

 □  あなたもぜひ会員になってください

 「無実の富山保信さんの再審無罪をかちとる会」(「かちとる会」)では、富山さんの無実を訴え、再審無罪をかちとるため、ともにたたかってくださる方を求めています。
再審に勝利するためには多くの人々の力が必要です。また、再審弁護団のたたかいを支えるための裁判費用等、多くの資金を必要としています。
あなたもぜひ会員になって富山さんの再審を支えてください。

▼ 会費は月額一口千円です。

▼ あなたの会費は、再審にむけた運動づくり、再審の裁判費用等に 役立てられます。
▼ 会員には、月一回、「無実の富山さんの再審無罪をかちとる会ニュー ス」をお送りします。

▼ 「かちとる会」では月一回、定例会を開き、再審をかちとるため の話し合いを行っています。また、集会や学習会、現地調 査を行 い、富山さんの無実と再審無罪を訴えています。これらの集まりに もぜひご参加ください。

▼ カンパのみの送金も大歓迎です。

□ 会費・カンパの振込先

▼ 郵便振込口座番号 00140-1-1506 無実の富山さんの再審無罪をかちとる会

▼ 銀行振込
みずほ銀行 神保町支店 普通口座 1346188 無実の富山さんの再審無罪をかちとる会

—————————————

   富山裁判の経過

・ 1974年10月3日
東京品川区で事件発生
・ 1975年1月13日
富山さんデッチあげ逮捕される
・ 1981年3月5日
東京地裁 無罪判決
・ 1985年6月26日
東京高裁 有罪判決 懲役10年
・ 1987年11月10日
最高裁 上告棄却
富山さん 大阪刑務所服役
・ 1994年6月20日
再審請求書を提出
・ 1995年12月19日
満期で出獄
・ 2004年3月30日
東京高裁 再審請求棄却
・ 2004年4月5日
異議申立書提出

※ 現在、高裁第4刑事部に係属中

再審の危機

□ 名張毒ぶどう酒事件

「え?まさか!」思わずこう叫んでしまっていた。名張毒ぶどう酒事件の第7次再審請求異議審の決定が昨年12月26日、名古屋高裁で出された。その決定は、2005年4月の再審開始決定に対して、その決定を取り消すというものであった。
これにより、奥西勝さんの死刑執行停止も同時に取り消しとなってしまった。
ようやく開かれた再審の扉が、再び閉ざされようとしているのは、日産サニー事件抗告審決定(仙台高裁・1995年5月10日)に続く。
この取り消し決定に対し、弁護団は今年1月4日、最高裁判所へ特別抗告を行った。この事件の最終判断は、最高裁に委ねられる。
  こうまで生と死を行き来する名張毒ぶどう酒事件とは、どのような事件なのか。
事件は、1961年3月、奈良県名張市葛尾(くずお)地区で起きた。公民館で開かれた会合で、女性用に配られたブドウ酒を飲んだ奥西さんの妻を含む女性5人が死亡、12人が中毒症状となった。
その後、農薬混入の自白をしたとして奥西勝さんが逮捕された。奥西さんは、妻と交際相手の女性との三角関係を清算しようとしたのを「動機」として逮捕された。
しかし、奥西さんは取り調べ途中から犯行を否認、現在にいたるまで無実を訴えている。
一審の津地方裁判所は無罪判決。二審の名古屋高裁は、ぶどう酒瓶の王冠の歯形などから奥西さんの犯行とみなし死刑判決。最高裁まで争われたが、1972年上告棄却で奥西さんの死刑が確定している。
以後、六次にわたる再審請求は棄却。第7次再審請求で、昨年12月、名古屋高裁の再審開始決定が出ていた。

「針の穴に駱駝を通すほど難しい」と形容される再審だが、再審開始には「新規かつ明白な証拠」(刑訴法435条6号)が要件とされている。
今回の名古屋高裁の取り消し決定は、弁護側の新証拠に新規性は認めたが、明白性については否定した。
① 開栓実験の報告書等について
「偽装的な開栓が行われたことを立証する開栓実験の報告書であるが、偽装的開栓を疑わせるまでの証拠ではない」
② ぶどう酒瓶の栓が、人の歯で開けられたものではないとの鑑定書等について
「歯で開栓した旨の請求人の自白の信用性や本件四つ足替栓が本件ぶどう酒に装着されていたものであることについての判断に影響を及ぼすような証明力(証拠価値)を有していない」
③ 犯行に使用された毒物はニッカリンTではなく、別の農薬であった疑いがあるとする鑑定書等について
「経過時間、アルコールの影響等々の条件によって検出されないということもあり得る。原決定がいうように、毒物がニッカリンTでなかった可能性が高いということはできない」。
この事件の異議審段階で、富山事件でも目撃者の供述を分析し鑑定書を提出している浜田寿美男先生が、奥西さんの自白についての供述分析の鑑定書を提出している。
この鑑定についても決定は、自白の信用性判断の検証には極めて有益な視点を提供するものであるとしながらも、「請求人側の事情として、請求人に日常生活か らの遮断があり、警察の監視下にあったというが、何といっても本件において自白したのは、まだ任意の段階であり、完全な身柄拘束下にあった場合と同視する ことはできない」「そして、自白した犯罪は当然極刑が予想される重大殺人事件であり、いくら、その場の苦痛から逃れたいと考えたとしても、そう易々とうそ の自白をするとは考えにくい」等としている。
先の名古屋高裁再審開始決定が「自白には重大な疑問があり、他の者の可能性は否定できない」としたのに対し、「原決定は、供述の変遷があり迫真性に欠けるというが、その判断は、一面的である」とし、真逆の判断であった。
  この名古屋高裁の取り消し決定をみると、自白の信用性が大きな鍵になっている点に気付く。「自白は証拠の王」とはよく言われるが、無実の人間ならいかなる状況においても自白をするはずがないという確固たる考えが窺える。
そうだとするならば、この事件のように、それらしい「動機」があり、「自白」してしまった場合、真犯人やアリバイなどの決定的な証拠が見つからない限り、再審開始の要件である明白性に当たらないということになりはしないだろうか。
1974年の白鳥決定は、「刑訴法435条6号にいう『無罪を言い渡すべき明らかな証拠』とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いをいだかせ、 その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきであるが、右の明らかな証拠であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理 中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠 と総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的な疑いを生ぜしめれば足りるという意 味において、『疑わしいときは被告人の利益に』という刑事裁判における鉄則が適用されるものと解すべきである」とした。
この白鳥決定が意味するものは、新旧証拠の総合評価のみならず、最終的には刑事裁判の鉄則である「疑わしきは被告人の利益に」ということにたどりつくところにあるはずである。
再審の門がなかなか開かないのは、事実上の三審制の否定に繋がるからなのだろう。しかし、だからといって「無辜の救済」を怠ってはならない。すでにこの事件は、発生から約半世紀近くも経過している。無実なら、これほどの人権侵害はない。
かつて、この「自白」があるばかりに冤罪をかけられた人は、数多くいた。そして今後も裁判の場で「自白が証拠の王」とならないように、取調べの可視化を急ぐ必要もあるのではないか。
最後の砦である最高裁判所は、今一度、白鳥決定の原点に立ち返り、精査の上、判断すべきである。

(うり美)

  名張毒ぶどう酒事件経過

1961年 3月 事件発生
4月 奥西勝さん逮捕、起訴
1964年12月 一審 無罪判決(津地裁)
1969年 9月 二審 死刑判決
(名古屋高裁)
1972年 6月 最高裁が上告棄却、
死刑確定
1973年 4月 第1次再審請求
1974年 6月 第2次再審請求
1976年 2月 第3次再審請求
9月 第4次再審請求
1977年 5月 第5次再審請求
1988年12月 名古屋高裁が請求棄却
1995年 3月 同高裁が
異議申し立て棄却
4月 最高裁へ特別抗告
1997年 1月 最高裁が特別抗告棄却、
第6次再審請求
1998年10月 名古屋高裁が請求棄却
異議申し立て

 

1999年 9月 同高裁が
異議申し立て棄却
1999年 9月 最高裁へ特別抗告
2002年 4月 最高裁が特別抗告棄却
第7次再審請求
2004年12月 名古屋高裁が弁護側の
鑑定人を証人尋問
2005年2月 弁護団、検察側が
意見書提出
2005年4月5日 再審開始決定
(同時に死刑執行停止の
仮処分が命じられた)
4月8日 検察側、異議申立
2006年9月 毒の特定につき
弁護側鑑定人を証人尋問
12月26日
名古屋高裁 再審開始決定取り消し決定
(死刑執行停止も取り消し)
2007年1月月4日
弁護側が最高裁に特別抗告

□ 真実をバネに!

今年も新たな年があけた。今年こそ再審開始を、と願わずにはいられない。しかし、再審の扉は益々せばめられている。富山再審も、厳しく長い闘いを余儀なくされるだろう。
昨年末、かちとる会の総括会議では、厳しい意見が多くでた。私達一人一人が本当に再審を闘いきるという強い意志があるのか確認された。今のままの気持ちで は、再審は何年経っても開かないのではないか。誰かに頼ったり何かに期待するのではなくて、自分達でできる最低限のことはやり続けるべきではないか等々。
ここにきて運動の継続、閉塞感への打破が必要とされている。
富山事件が再審開始無罪を勝ちとるには、一つだけ条件がある気がする。
その条件とは、決して諦めないということだろう。しかし、それは簡単なようでいて、実は一番難しい事でもある。人はそれぞれ違う境遇のなかで関わりを持っ ている。更に生き方や考え方まで、すべて一緒とは限らない。傾けられる比重も必然的に制限される。様々な人が集まって闘うからこそ素晴らしいともいえる し、同時に困難だとも言える。
  私自身すべて投げだしてしまいたい時がある。耐えなくてはいけない時、信じられない時、それでも強く生きなければいけない時など。そんな自分自身とのたたかいの連続の中で、萎えていくその気持ちを奮い立たせなければならない。
それでもなお、再審という茨の道への歩みを止めてはいけないと思うのは、そこにやはり「真実」があるからだろう。
共闘、団結、そんな美辞麗句をたくさん並べたてるより、今、目の前の問題に自分が立ち向かい行動できる人間でありたい。
信じた自分のことだけは、裏切らずに進みたい。派手でなくて地味でいい。できることを一つずつこなしていきたい。
真実をバネに!    (うり美)

 

大井町ビラまき報告

 ビラまき報告(1月)

・亀……………7
・富山…………0
・山村…………2
・うり美………1

大井町のYさんから

休載

jump page top