富山さんの再審でも検察官に証拠を出せと言っても絶対に出さない。やはり裁判所に、再審が係属している第3刑事部の裁判官に提出命令を出させる必要があ る。検察官が隠し持っている証拠が出れば、再審開始は決定的です。そこまでもって行くのはみなさんの力だと思います。私たちが一緒に要請をする。国民の声 いうのは力強いものなんですよ。 真実より強いものはないという信念。これがあるから富山さんと僕は一緒に闘うことができるんです。 今度来る時には富山さんの再審開始決定の時に来たい。必ずそれが訪れると思っています。その時にはみなさんとともに、やはり真実は強かったと、みんなの団結が、盛り上がった運動が強かったんだということを再確認したいと思います。 (6・29集会での阿藤さんの講演から) 真理は真理として実現されなければいけない 自分たちの未来は自分たちで切り拓くんだ (6・29集会での櫻井さんのあいさつから) |
□6・29集会報告
阿藤さんの講演 ■裁判所への申し入れ みなさん、こんばんは。私は一昨日東京にまいりました。なぜ一日早く上京したかと言いますと、昨日、東京高裁へ早く再審を開始するよう抗議に行ったわけで す。その時、僕はびっくりしたんですよ。裁判所に入る時、身体検査をするんですよ。空港みたいにね。僕のボストンバックも全部機械に通すんですよ。びっく りしましたね。なぜそこまでするのか。私は裁判所は、私たちの身近に感じる裁判所であってほしいと考えていますが、裁判所が国民から離れていっているよう に感じました。 ■権力に対する怒り 八海事件から50年経ってます。八海事件が起きたのが私が26歳の時です。私はもう75歳です。しかし、私は逮捕から始まって今までのことをずっーと忘れ たことはありません。昨日のことのように警察の拷問の取り調べが蘇ってきます。絶対忘れられないですよ。私は警察官も検察官も絶対信用しない。今もって警 察の制服を着た人間を見ると虫酸が走るんですよ。そこまで、骨の髄まで私は権力に対して憎しみを持っているんですよ。その怒りをみなさんに知っていただき たい。 ■証拠を隠す検察官・・・裁判官は証拠開示命令を! みなさんに何べんもお話するんですけれども、八海事件で検察官は自分の面子で、罪のない者を有罪にして、何が何でも犯罪者に仕立 てあげて、死刑に持っていこうとした。その一番いい例が八海事件の偽証問題です。1審死刑、2審死刑で、そのあと最高裁は有罪にしたのはけしからんという て差戻しになったんです。差戻審の広島高等裁判所の審理の途中で、6~7年経った時、検察官は地元の警察を動員して証拠の洗いなおしをするんです。それも 自分の都合のいいように証言をとるわけです。物証がないから証言なんです。私たち被告に有利な、真実の証言をしている人を偽証罪でしょっぴいた。3人もで す。そして、20日も22日も勾留して、今まで申していたことは嘘なんです、本当はこうなんですと検察側に都合のいい証言をさせて、そして偽証罪で起訴す る。そして、その証言を今度は八海事件の裁判に持ってくるわけです。それでもやはり第1次差戻審の広島高裁はそんなものはだめなんだというんで蹴ったわけ です。 ■正しい裁判を 八海事件では、『真昼の暗黒』という映画で多くの人たちが私たちのことを知ってくれました。あれは本当は東映が映画化する予定 だったんです。ところが最高裁の事務局が東映に審理中の事件を映画化するのはけしからんという圧力をかけた。東映は手を引いて止めてしまった。それが俳優 さんたちの手弁当でできあがった。今は亡くなられた飯田蝶子さん、左幸子さん。山村聡さん、芦田伸介さんもおられたね。その方たちは全部手弁当でやってる んです。労働組合からも300万円かなんか借りて、そしてできたんです。ところができたのはいいけれども、当時は映画は配給なんですよ。制作した独立プロ は配給権を持ってない。東映とか松竹とか系列の映画館はないんですよ。だから、例えば区立体育館とかね、そういうので代わりにしたんです。ところがそれが ベストセラーになりましてね、多くの映画の賞に輝きました。外国でもリボン賞なんとかいう賞も獲得しているんですよ。そういうのを裁判所は恐れるわけで す。国民の声を恐れるわけです。 ■八海事件の裁判官 八海事件は7回、裁判所を行き来しました。7回でね、裁判官が27人。1審で3人、広島高裁に3度行っていますから9人、最高裁 の小法廷は5人ですから、第1、第2、第3と15人。八海事件にタッチした裁判官は全部で27人です。その27人が同じ証拠を見るんですよ。同じりんごな らりんごを見るわけですよ。なのにそれが見る人によって違うんです。これはりんごだと言う人もいるし、いやいや違う、梨やと言う裁判官もいる。一方は無罪 にしろと言う、一方は死刑にしろと言う。これは恐ろしいことです。受ける側の僕は死刑と無罪を行ったり来たりですから。私、死刑判決を3回受けているんで すよ。裁判官に予断や偏見がなければ必ず同じ答えが出ると思うんです。だけど偏見を持っている裁判官はやはり梨と言う。 ■裁判所を揺るがす大きな運動を 再審を開始するためには、みなさんの力が必要です。一人ではだめです。真実を守る砦になるのはみなさんの声です。富山さんの再審 も、裁判所を揺すらんとあきません。揺するって言っても圧力をかけるんじゃなくて、これだけ国民のみなさんがこの事件に注目しているんだと、慎重にやらな ければならないということを突きつけるわけです。 ■死刑は絶対反対 先ほど木下先生が言われたようにえん罪はいまだになんぼでもあるんですよ。僕が知っているので死刑事件のも四つあります。私、無 罪になった時に約束したんですよ。獄中日記の最後に締めくくった言葉ですが、今もその言葉は変わりません。私がこの18年間無実で苦しんだその苦しみ。無 罪が確定したのは私が46才なんです。逮捕されてからその間の青春はえん罪で蝕まれてしまった。その青春を取り戻すとしたら、それはえん罪事件が起きなく なった時でしょう。そこで私は初めてこの18年間の苦しみが報いられます。そう書きました。しかし、なかなか、それは私が死ぬまで無理のようです。えん罪 はなんぼでも出てきます。 ■真実より強いものはない 私は拘置所でキリストを信仰した時があります。死刑の判決を受けて上告している時に、聖書を差し入れてくれた。どういう気持ちで 差し入れたかわかりませんが。教戒師が一週間に一遍来るわけですが、僕は何もやっていないのになぜみんなと一緒に教戒を受けなければならないんだと怒りま して、僕だけ別に教戒を受けました。 |
6・29集会報告 桜井さんのあいさつ こんばんは。部落解放同盟全国連合会の江戸川支部の桜井と申します。 と申しますのは、私が全国連合会、解放運動に立ち上がる以前、何にもしていなかった頃と言いますか、苦しい頃が何年かありました。若い時は三里塚闘争に 行って一生懸命援農したり、闘争に参加していたんだけれども、まあ、結婚して子供ができたり、就職したりとかちょっといろんなことがありまして、いっぱい いっぱいになってしまって、ちょっと身を引こうかなと思っていた時に、たまたま富山さんの再審をかちとる会の事務局にいた人が私の知り合いでして、こうい うのがあるけど来てくれないかと言われ、資料とか集会のビラとか下さいということでもらった覚えがあります。で、ちょっと読んだんですけど、なんかこう政 治党派が相手の党派と命のやり取りをして、しかも一方では国家権力に本気で闘いを挑んでいて、その中で起きたえん罪、これはちょっと俺が訴えるのはかなり しんどいぞ、むずかしいぞというふうに当時は思ってました。 で、話をするなかで、どんな理由とか背景とかあってもやってないのはやってないんだと、国家権力の思うがままの状態に今あるんだということ、富山さんの 問題は富山さんだけの問題じゃなくて、狭山もそうなんですけど、誰に言ったっておかしくないと、まあ、運動の初歩の初歩だと思うんですけど、教えられまし て、まあそうかなぁというふうに思い始めて、事務局を手伝うというのは、なかなか自分的に苦しかったんで、ただ、ここから3キロ位先に当時住んでましたん で、大井町の街宣には家族で参加させて頂きました。先ほどのビデオの中でビラまきをしているのが出てきますが、あのビデオは今でも宝物でとってあるんです けども、あの子も今、高校生でね、時間が経つのは早いものです。 当時、富山さんは下獄して居なかったし、事務局の方は本当に苦労して、この問題をどう世間に訴えて、あるいは弁護団もどう立ち上げるかとか含めて本当に 苦労されている時期がありました。その中でこつこつ闘いを維持する、自分の信念を貫いていくという事務局の考えとか、みなさんの考えに非常に教えられるも のがありました。 で、今年1月の狭山の第二次再審の異議申立棄却の時に、石川一雄さんが「法の正義というものは力によるものなのか。どんなに真理が真理であっても、それ は法の正義、法の場では、実現されないのか。それは正義ではないんだ」ということをいみじくも訴えられました。じゃ、どうするのかということはありますけ れども、でも、やっぱり真理は真理として実現されなければいけないと、それでも私は思います。そのためには石にかじりついても、どんな苦しみ、どんな闘い になっても、私は狭山闘争を勝利させようというふうに思います。 私たち、最高裁に対する特別抗告審が始まりましたけれども、合わせて法務省と検察庁に対しての闘いを強めていきたいというふうに思っています。奴らの思 うままにはさせない、これから自分たちの未来は自分たちで切り拓くんだということを決意しております。そのためにも品川地区の労働者のみなさんとの共闘を これから築いていきたいと思うのでよろしくお願い致します。 |
九月の大井町での署名集めは、 今回は夕方4時半から開始。正午からの1時間は、通行する人も忙しいから、じっくり話そうというわけにもいかず、多分に運がつきまとう。しかし、この時間帯は「お話ししましょう」が可能で、実力の勝負となる。 実際、今回は目と目があった年輩の女性2人と話し込んで署名していただくこととなった。特に2人目の人とは話が弾んで、「学生運動をやった者としての生き方に責任を取る意味でも、再審無罪をかちとる」に「そうよ、そうしなさい。そうでなきゃあだめよ」となった。 正直に言って、私の場合、大井町での署名集めは遅々としてはかどらないというのが実状だ。心優しい事務局員達に言わせると、怖い顔をしているかららし い。もっとにこやかにしろといつも言われる。本人はにこやかに呼びかけているつもりなのだが、どうやらいつの間にか噛みつきそうな表情になっているらし い。いったん話し始めたらけっこう快調にかみ合っていくのだが・・・。 いつもゼロ行進で、あれでは晒し者というかまるでいじめみたいなものだ、という擁護の声をしばしば聞くが、大井町で根気よく署名を集めるのは再審・無罪 への意思表示であって、絶対に最後までやり続けなければならないと考えている。同情されないためにも、いっぱい署名を集めるほかない。といっても、ただ集 めるだけでなくしっかり理解・支持された証拠としての署名獲得をめざしてがんばりたい。 (富山) 「明日の為に第30歩目(回数を数えていただいてありがとうございます。助かります。) というお便りとともに2000円を9月26日付で頂きました。ありがとうございました。 |